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テニスにはどんな歴史があるの?テニスの歴史について徹底解説!

スポシル編集部

公開日 :2019/04/09

更新日 :2019/04/09

錦織選手や大坂選手の影響もあり、テニスが注目を浴び始めていますね。今学校の部活動でも男女問わず人気のテニスは、一体どのようにして生まれたのかをご存知ですか?

実は1000年以上前までさかのぼる深い歴史をたどってきたスポーツなんです!今回は思わず人に話したくなるようなテニスの豆知識を1から教えちゃいます。

どうせテニスをやるならもっと深く知ってみたいという方はぜひ読んでみてくださいね。よりテニスが好きになること間違いなしです。

目次

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テニスの歴史


テニスは今でこそ人気のスポーツとなり、よく知らない方でも一度は見たことがあるかと思いますが、古代のテニスと現在のテニスの形は全く違うのです。テニスがどんなプロセスを経て現在の形になるまでの変化をたどってきたのか、日本にはいつ伝わったのか、そして、日本人テニスプレイヤーにはどのような選手が世界で好成績を収めてきたのかなども含めて、テニスを語る上では欠かせない内容が満載なので、楽しくテニスうんちくをぜひ身につけてみましょう。

テニスの歴史を6つの解説します。


  • テニスの起源は?

  • 日本ではいつからテニスが始まったの?

  • テニスの伝来

  • テニスの語源は?

  • 軟式から硬式への変化!

  • 技術の歴史

テニスの起源は?


テニスは今でこそ1対1で行われる競技ですが、テニスが始まったとされている紀元前エジプトでは、元々は複数人が単に球を打ち合うだけだったと言われています。その様子は壁画としても残っており、その当時はスポーツとして認識されていたわけではなく、宗教的な意味を持っていたとも考えられています。最初はテニスは白熱した対戦型のものではなく、ある意味遊びのような雰囲気で広がっていったのです。

現代のテニスの形は12世紀のフランスにさかのぼり、貴族たちが宮殿内で手のひらや手袋でボールを打ち合って楽しんでいたのが始まりです。16世紀になるとテニスは「ジュ・ド・ポーム」の別名で親しまれるようになり、徐々にコートも作られるようになったことで、国際大会も開かれるようになったわけです。

日本ではいつからテニスが始まったの?


日本に正式にテニスが伝わったのは1878年のことでした。文部省が体育の教員養成の案を考えていたところ、アメリカ人のリーランドという教師を呼んでテニスを紹介したのがきっかけです。そこから日本はテニス用具を輸入し、学校教育での一環として指導し始めました。

ですが、当時のテニス用品は非常に高額だったため、なかなか普及はしませんでした。そこで玩具用のゴムまりを発明し、学校体育に軟式テニスを取り入れ始めました。すると日本ではゴムまりを使った軟式テニスが流行し、急速に広まっていったのです。

その後、1913年に慶応義塾大学がより多くの国際交流を図る目的で硬式テニスを採用したことで、全国で硬式テニスが広く知られるようになりました。

テニスの伝来


ここまでを見ると、現代のテニスという意味ではフランスから始まり、やがてイギリスに伝わってからヨーロッパ全域に拡大していきました。日本にテニスが伝わった背景には明治時代に国が脱亜入欧を掲げていたこともあったため、教育に西欧のスポーツを取り入れようとしたことだったのです。実は先に述べたリーランドだけではなく、横浜・神戸・長崎などの港町も同じようにテニスを広めようとしていたという説もあります。その後外国人慰留者に向けて横浜の山手公園にクラブとコートを造り上げられたことでも認知度が上がったとも言われています。

ただ、テニスはヨーロッパで貴族階級のような身分の高い人たちが好んでいたスポーツだったこともあり、まだ日本に伝来した当時は一部の裕福な階級しか楽しめないスポーツだったようです。

テニスの語源は?


テニスとテニス用語についての語源を簡単にまとめてみました。

テニス・・・諸説ありますが、有力なのはフランス語で「つかむ」の意味を持つ「tenir」の命令形、「tenez」に由来すると言われています。これは何かを差し出すときに「ほら」とか「さあ」という意味を持つため、サーブの時に相手への呼びかけとしてこの言葉を使っていたことがテニスの語源ではないかと考えられています。

ラケット・・・「手のひら」を意味するアラビア語の「rakhat」からきていると言われています。その他にもフランス語の「raquette」を起源とする説もあるようです。

サービス・・・中世で広まっていたテニスでは、召使い(servant)が一球目を相手の打ちやすい位置に落とすという「service」の行為が転じて呼ばれるようになったと言われています。

軟式から硬式への変化!


経験者の方ならご存知だとは思いますが、テニスには「軟式」と「硬式」があります。実は軟式テニスは日本発祥であることが分かっており、先に述べたように1884年頃に高価なテニスの用具を輸入できなかった当時の日本がゴムまりを発明したことが軟式テニスの始まりだとされているわけです。

それでは硬式テニスはどうやって広まっていったのでしょうか?これも前述のように1913年に慶応義塾大学が国際交流促進の目的で硬式テニスを取り入れたことがきっかけです。もちろん、その当時は軟式から転向した選手ばかりでしたが、同じ頃に開かれた東洋選手権という大会で大活躍し、日本人が硬式テニスでも通用することが証明されたのです。

この大会以後、硬式テニスは全国の学校でも積極的に採用され、1960年代にはオープン化されたことにより、誰もが軟式も硬式も楽しめるようになったのです。

技術の歴史


まだテニスが生まれたての頃は、プレーの開始方法が今とは異なっていました。特にサーブの面は大きく変化してきたと言われています。

サービスは召使いが行う相手が打ちやすい球を返すための奉仕行為だったということで、今のような強いサーブではなく、元々は下手から球出し程度の強さで行われていました。

そこからどのようにして今のようなサービスが出てきたのかというと、19世紀からの古い歴史を持つウィンブルドン選手権が始まりだと言われています。ウィンブルドンは勝ち負けを競う大会のため、技術を駆使しなければならず、とりわけ注目を浴びたのがサーブだったのです。1885年にはとうとうベースラインを踏んで打つルールが採用され、片足を地面から話して打つことが許されました。1902年、1960年にもルール改正が行われ、最終的にはジャンピングサーブの形が認められるようになったのです。

今でもアンダーサーブは一応認められてはいるものの、あまり下手から打つ選手はいません。ジャンピングサーブを打つ方がボールにスピードが出ることもあり、現在ではその原理を利用して得点を量産する選手が多く存在します。

テニス用具の歴史


テニスの起源やルールの変化は歴史を語る上でもちろん重要です。しかし、紀元前にさかのぼるテニスの歴史をたどっていくと変化を遂げたのはそれだけではありません。ボールやラケットなどのテニス用具も時代とともにその形を変えてきています。

テニス用具の歴史についての以下の2つを解説します。


  • 昔のボールは今と違うの?

  • ラケットはプレイヤーたちが作っていた?

昔のボールは今と違うの?


フランスでジュ・ド・ポームが広まっていた頃のボールは羊の皮に動物の毛を詰め、それを手のひらで打ち合っていたことが知られています。現在のボールとは違ってかなりの重さがあったため、あまり弾む力はなかったようです。

現在のテニスでは国際テニス連盟が厳格なルールを定めており、254cmの高さから134.62~147.32cmまで弾まなければそのボールは使えないとされています。色については、元々は黒か白を使っていたものの、カラーテレビの普及で「白黒だと見えにくい」などの意見が続出しました。ウィンブルドンについては、「白色ボールは緑の芝生のシミが付くから見えにくい」との声があがっていました。

そこで、国際テニス連盟は調査の結果、黄色がカラーテレビによく映し出されるとの見解を示したため、全大会で黄色のボールを使用するようになったというわけです。このような理由から、現在は黄色でよく弾むボールが採用されています。

ラケットはプレイヤーたちが作っていた?


中世の時代に遊戯として親しまれていたテニスはもともと手のひらで打ち合っていましたが、やはり手が痛くなる問題もあり、徐々にラケットが作られるようになっていきました。

実は、15世紀のヨーロッパでは今のラケット業者のような会社は存在せず、ラケットを自分で作れるかどうかという条件がプロになるためのプロセスとして定められていたため、プレイヤーは自分でラケットを作らなければならなかったのです。

その後ラケットは16世紀中ごろから羊の腸を繊維状にしたものが作られ始め、今ではこのタイプが「ナチュラルガット」と呼ばれていますが、他にも様々な素材が登場しています。技術が発達した現在ではプレイヤーが自分で作るということはなく、メーカーに特注で作ってもらったもラケットを試合で使う選手が多いです。

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テニスコートの歴史


学校でもよく見るテニスコートも実は今のような形になったのはテニスが近代化した後の話でした。現代のコートの形となったのは、ウィンブルドン選手権が開かれるようになった19世紀ごろのことだったのです。その歴史を紐解いていきたいと思います。

テニスコートの変化


元々テニスというスポーツはどちらかと言えば身分の高い人たちがやるようなスポーツでした。先にも述べたように上流階級の人々、そして聖職者たちが好むような遊戯だったわけです。当時のコートは僧院にあることが多く、基本的には天井が傾斜した大型のコートで楽しまれていたのです。

テニスの近代化へ向けて趣向を凝らし始めた1873年にはイギリスの退役軍人ウィングフィールドという人が、コートを11.895メートルのベースラインの長さに対し、ネットが6メートルの「砂時計型」のコートを設計しました。

砂時計型のコートから後にイギリスでは再び新しいコートが考案されましたが、ここではまだ完全な長方形ではありませんでした。しかし、ウィンブルドン第1回大会が開かれた1877年では、サイドライン23.77メートル・ベースライン8.23メートルのサイズのコートが新しく作られ、最終的に現代のコートの形となったのでした。

日本テニス史における日本選手の活躍!


テニスが日本に普及してからは、次第に日本人プレイヤーからも世界で活躍する選手が続々出てきています。日本人選手はこれまでにどんな記録を打ち立てきたのでしょうか?

1970年代に日本テニス協会が設立されると、まずは神和住純が日本人で初のプロデビューを果たしました。1985年には谷沢英彦選手が全日本最年少優勝を達成しました。

そして1990年代にはテレビでおなじみの松岡修造選手が世界ランク46位まで登りつめ、95年にはウィンブルドンベスト8という偉業を成し遂げたことは記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。そして最近では、2014年には4大大会に分類される全米オープンで錦織圭選手がアジア人初の決勝進出の快挙を打ち立てたことで日本中が感動の渦にまきこまれましたね。

女子選手も負けてはいません。1975年には沢松和子選手がウィンブルドン女子ダブルスで優勝を果たしたことで、伊達公子選手や沢松奈生子選手、杉山愛選手など名プレイヤーの出現のきっかけを作りました。大坂なおみ選手が2018年の全米オープン、そして2019年1月の全豪オープンを制したことで、日本テニス界は大きな注目を浴びていると言っても過言ではないでしょう。

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まとめ


テニスは紀元前からのとてつもなく長い歴史の中で、ルールだけではなく用具やコートすべての側面で変化してきたことを理解していただけたかと思います。

もしも日本でゴムまりを使ったテニスがなかったとしたら、硬式テニスが広まることもなかった可能性もあったでしょう。

ぜひ今回のテニスうんちくを覚えて、色んな人と共有してみてはいかがでしょうか。

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